呑ちゃんの日々是好日

日々を大切にして残り少ない人生の日記をぼちぼち写真で綴ります

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北京の旅 圓明園

さて・・・九州の旅も終わり中途だった、中国の旅の再開
中山公園の南門から出て、地下鉄で次に向かう


天安門



天安門広場の毛主席記念館を望む



地下鉄に乗って






壁にコマーシャルが



圓明園駅
壁に圓明園の西洋楼の遺跡モニュメントが



圓明園は、1709年(康熙48年)に清朝4代皇帝康熙帝が
皇子の胤禛(いんしん)に下賜した庭園がその起源となる。

胤禛が皇帝(雍正帝)に即位、1725年(雍正3年)以降様々な
建物が増築され、庭園も拡張された。

乾隆帝の時代には、円明園の東に長春園、南東に綺春園(のち
に万春園と改称)が設けられた(この円明園、長春園、綺春園
を総称して、広義の円明園となる)。
Wikipediaより



余りにも広い庭園






長春園北側にある西洋楼遺跡へまっしぐらに向かう



監碧亭



石断橋
往時の橋はこれのみ遺る






紅葉が綺麗



海晏堂の十二支像の展示無料とあるから入る



複製






頭部が胴体に付いた本来の姿のミニチュア



土産物屋だった~
要するによび込みのための看板だったのね(×_×)






夏は、蓮の花で綺麗だろうなー



見えてきた






イエズス会士のブノワ(en:Michel Benoist)、カスティリオーネ
らが設計にかかわった噴水が設けられ、西洋風の建物・西洋楼が
建てられた。
Wikipediaより



1856年アロー戦争(第二次アヘン戦争)でイギリス、
フランス連合軍により宝物は悉く略奪され西洋楼は
徹底的に破壊され廃墟となった
Wikipediaより









自撮り棒で記念撮影のおばさま方






採掘していました。将来再現するのでしょうか?



黄花陣
横89m,縦59m,全長1600mの壁で出来た迷路



黄花陣から見る迷路
中秋節の夜に一筋の灯りを頼りに迷路を伝って中央にある
黄花陣まで行く遊びをしていたそうだ

遺跡はここで終わりかと思ってがっくりしていたら、
どうやら奥にまだあるようなので、行ってみると






在りました(´∇`) ホッ



海晏堂の噴水時計跡
この噴水時計に設置されていたのが前述の十二支像



↑の復元?
この頃から、お昼に食べた弁当が原因か?
おなかの調子がおかしくなる






お腹がゴロゴロ









イエズス会士のブノワ(en:Michel Benoist)?






いよいよ我慢できずトイレを探し駆け込むが・・・
全部使用中ああ~(,,゚д゚)ヤー(゚ω゚,;)バー(;;・∀・)イィー
空いた間に合ったC=(´。`)ふぅ



安心して、近くにある博物館に
























お腹の調子は問題ないと思うが、またおかしくなったらと
思うと・・・大変なのでホテルへ戻ることにした。












屋台を冷やかして















ホテルに戻り部屋呑みして(θωθ)おやすみ~☆

胃薬を飲んで、この後お腹は心配したが何もなく旅を
続ける事が出来た

この様な事にならないように、薬剤師の薦めで普段から
乳酸菌入りのヨーグルトを飲むようにしていたが、今回
かまけていた為かこんな結果に成った?
ビオフェルミンも、旅行には携帯していくが忘れた
次回からは、忘れないようにしよう!
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